『タグラグビー』をご存知でない方へ、少し前の記述ですが『タグラグビー』の効果と他のスポーツとの違いを理解して頂ければと思います。長文ですが最後まで読んで頂ければ幸いです。
昨今、タグラグビーという競技が「子どもたちの協調性を育むスポーツ」として一部学校教育の現場で高い関心を集めている。これはタックルする代わりに腰につけた紐を奪うラグビーで、紐を取られた選手は紐を奪い取り掲げた選手が三つ数える間に、ハンドパスかキックでボールを手放さなければならないというルールになっている。
ダイナミックなタックルを競技から除外したことで、ラグビー本来の激しさは著しく失われたが、最も負傷しやすい激しい接触が減った分安全性が飛躍的に高まったことは事実である。
これまで生徒の過剰な負傷を懸念し、体育の授業へラグビーを導入することに消極的だった教育現場に、もう一度検討の機会を与えたことは非常に意味があったのではないだろうか。
また女子のラグビー人口増加は男子よりも困難と言われているが、タグラグビーに関しては物珍しさも手伝って女子の参加も多数報告されている。
子どもたちはタグラグビーを通して、サッカーでは味わえないラグビー独特のジレンマ、すなわち「前に進まなければならないのに、前にパスすることが許されないもどかしさ」に初めて直面する。
そして後ろにパスを出していく中で、サッカーの授業ではなかなか前に出ることができなかった、消極的な生徒にもボールが回るようになり、彼らの存在の重要性が増し、また彼ら自身も充実した時間を経験することになる。
結果お互いを尊重し、またお互いを試合の中で生かそうとする動きが発生し、協調性が育まれたというレポートがあった。
腰の紐はマジックテープで止められていることが多く、走っていて落ちてしまうことはまずないが、誰かが先を持ち引っ張ればいとも簡単に取れてしまうようにできている。
タックルで相手を倒すことを考えるとディフェンスは格段に容易になっており、これはどれほど頑張って走ってもそれほど長い間ボールをキープすることができない、パス重視のラグビーが展開されることを期待しているのである。
子どもたちはどこに立ち、どう走ったらパスがもらえるのか、また誰にパスを出したら相手につかまらずに走破できるのかを自由に考案し、チームで話し合って、作戦を立てて試合で挑戦する楽しさを学んでいく。
初めて触れる楕円形のボールは蹴ることはおろか、手で投げてパスを出すだけでも一苦労である。
子ども用の小さなボールを使うが、それでも持って走るとなると手を振れない分不思議な感じがする。
さらにサッカーやバスケットボールと異なり、横いっぱいに広がったトライゾーンというゴールはセンタリングを必要とせず、より自由で多彩な攻撃フォーメーションが可能であることに気が付くだろう。
ラグビー人口の増加、という目的から離れてみても、タグラグビーを授業に取り入れることは非常に有益である。
これも他のスポーツと比較してみると分かり易いのだが、たとえばバスケットボールの授業では一試合、全くボールに触らなかったという生徒が時折発生することがある。
これは競技の性質の違いで、バスケットボールはオフェンスに有利なルールになっているために、比較的少ない人数で得点を得ることが可能なため、ともすると球技が不得手だったり、性格が内向的で人を押し退けてまで積極的にボールに係わろうとしない生徒は敵からも味方からも必要とされず、うろうろと隅の方を彷徨うことになってしまう。
もちろん、プロや何らかの(ある一定以上のレベルの)大会の試合などで、ボールに触れることなく余ってしまっているプレイヤーなど絶対に見かけることはないと思うが、比較的レベルの低い試合が多い体育の授業では全員参加の代償として、このような「不参加プレーヤー」を発生させてしまうことがある。
サッカーではルール自体は決してオフェンス寄りではなく、むしろディフェンス寄りなのだが、1チームの人数が多いためにバスケットボールよりも頻繁に「不参加プレーヤー」が発生する。
本来、事細かに作戦を立てそれぞれの役割をはっきりさせておけば、よほど極端なワンサイドゲームでもない限り発生するはずがないのだが、体育の現場ではポジションすら曖昧なことが多く、素人ほどゴールキーパー以外は全員ボールに群がるという通称「団子サッカー」を展開してしまう傾向があるために、ボールキープ力があり走力に秀でた生徒ばかりが球を支配する試合になってしまうことが多々あるのである。
エースストライカーが一人でドリブルし一人でシュートを撃っているようなチームは彼自身の協調性にも問題があるが、全員を生かす作戦を立てられない、チームメイトにも責任はあるだろう。
野球はそもそもポジションによって、球に影響する時間が極端に異なっており、ルール上合法化された潜在的「不参加プレーヤー」が多数存在する競技かも知れない。
タグラグビーはこのような、チーム球技の宿命とも言える「不参加プレーヤー」を競技に呼び戻す可能性を秘めている。
それは本来のルールで言うところのノットリリースザボール、すなわち「タグを取られたら三つ数える間にボールを手放さなければならない」というルールがチーム間の連携を非常に強力な武器へと変え、参加する選手たちに人数こそが強さであると繰り返し力説する効果を持つからである。
サッカーでは相手チームのディフェンダーにスライディングされても、本人のボールをキープする力が優れてさえいれば、球を足の甲に乗せ飛び上がることでドリブルを続けられるかも知れない。
バスケットボールでディフェンスにぐるりと周囲を囲まれたとしても、技術次第ではフェイントを駆使して抜き去ることが可能なのである。
しかしタグラグビーはこれができない。
紐を奪われたら(紐は踏まない程度に長く、ランニング中は後ろになびくようにできているためこれは実に容易である)どんなに優れたプレーヤーでも楕円球を手放さなければならないのである。
この「支配権を失う」ことをはっきりとルールで定めている妙が参加者たちに新しい発想を強烈に促す。
今まで不得手意識が先立ち思うように前に出られなかった子ども達、人を押し退けて進むことが不得手なために「不参加プレーヤー」に甘んじてきた子ども達がパスの受け手として、俄然脚光を浴びることになるのである。
先頭を走ることは時に勇気を求める。
ハンドリングエラーが一番目立つ場所であり、敵のディフェンスを一番激しく受けるのが最前線である。
しかしサッカーやバスケットボールでは、前に出ないプレーヤーにパスは回りにくい。
前に進まなければならないのだから。
だがどうしても前に出られない子どもたちもいる。
単純に足が遅かったり、プレッシャーに弱かったり、性格の問題であったりと原因は多数考えられるが、どんなに優れた技術を秘めていても、彼らはその時点で「不参加プレーヤー」となってしまい、競技に、否、時にはスポーツそのものへ失望してしまうことだってあり得るのである(体育嫌いな子どもにそうなってしまった理由を尋ねると、集団球技での嫌な思い出を上げるケースは少なくない)。
タグラグビーではすべてのプレーヤーをボールより後ろに置くことで、彼らが感じていた壁を消すことが可能であり、遊戯は好きだが体育は嫌い、という子ども達にもう一度チームスポーツの面白さを教えることができる可能性を秘めているのである。
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